若州良民伝松宮綱右衛門の妻かめ

2015年12月発行 若州良民伝とは…安永九年(1862)に発行された全四巻からなる書。若狭地方で領主が領民の中の六十余人の善行を記録したものである。 若州良民伝 巻二より            ~松宮綱右衛門の妻かめ~  小浜の普請奉行、 並河(なびか)久左衛門の部下であった足軽の 松宮綱右衛門という者と妻かめは義父と共に上竹原に住んでいました。 義父は大工を職としていて毎日 […]

苦悩する神 その二

2015年10月発行   神仏習合として最初に文献に出てくるのは、 敦賀の気比神宮です。二番目が、若狭の神宮寺です。 それは次のような記述で始まります。 「(天長)六(八二九)年三月乙未。若狭国比古神。 和朝臣宅繼を以て、神主を為す宅繼辞云」  この文献は、『類従国史後編』で、巻第百八十・仏道部七・神宮寺にあります。  これによりますと、養老年中(七一七~七二三)に、 疫病が蔓 […]

ヒポクラテスの木

2015年10月発行  平成二十五年五月に開園した、杉田玄白記念公立小浜病院の 中川淳庵顕彰薬草園のシンボルとして植えられた ヒポクラテスの木(四十センチほどの幼木)は、 二年半を経過して、今では写真のように六メートル近くに成長しました。  ヒポクラテスは、紀元前四世紀ギリシャ・コス島生れで、 「医学の父」と称され、医師のあるべき姿を示した 「ヒポクラテスの誓い」は、現代の医療 […]

鯖街道「針畑越え」の見所Ⅰ

2015年9月発行  幾通りもある「鯖街道」の中で、 小浜市上根来(かみねごり)から滋賀県高島市小入谷(おにゅうだに)へ越す 針畑越えの古道が、今回日本遺産の第一弾として認定された。 この峠道は、昭和三十年代には道としての機能を終え廃道となっていた。 その後関心ある人達により道は復元され、 今ようやく誰でもが歩けるようになり遺産として認められたのはうれしい限りである。  この道 […]

お盆の行事

2015年8月発行  今年もお盆が近づきました。 もともとお盆は、亡くなった親を思う心から始まったものです。 お釈迦様の十大弟子の一人で目連という方は、 お弟子のなかでも神通力第一と言われており、 また大変な母親思いで、 ある時死んだ母親を神通力で捜すと、 その母親は餓鬼道に堕ちて苦しんでいることが判明した。 それを救おうとお釈迦様に相談すると、 僧達の修行が終わる七月十五日の […]

地蔵盆と精霊送り

2015年8月発行  地蔵盆は、八月二十三日、二十四日に地区内に祀られている お地蔵さん毎に子供を中心に行われている。 若狭においては広く各地で行われているが、 特に西津の小松原地区では、お盆が終わった頃になると、 子供達は各地区の石の地蔵さんを近くの海へ運んで洗う。 乾いたら絵の具で化粧直しをし、地区毎に組まれたお堂の祭壇にお祀りする。 建てられたお堂の入り口に笹竹を立て、堂 […]

酒井忠勝侯の墓

2015年7月発行   酒井忠勝から忠禄まで十四代二百三十年余にわたって、 若狭国を治めた歴代藩主の菩提寺が空印寺(小浜市男山)であることは よく知られていますが、忠勝の墓がもう一つ市内の長英寺(太良庄)に あることは、一般的にあまり知られていません。  忠勝の死後、国元の家老三浦帯刀好正(知行千五百石・妻は忠勝の妹。 空印寺の酒井家墓所の一角に、三浦家に嫁がれた姫君の五輪塔が […]

旧町名は語る(二)

2015年6月発行 八幡宮の前をまっすぐ海の方へ伸びているのが八幡小路で、 八幡宮の参道である。 今町と風呂小路との辻(現在若狭ふれあいセンターの辻)まで。  神社前の東側が東宮前町、西側が西宮前町。 東宮前町の海側で堀川から八幡小路に抜ける道が中小路である。 中小路が、南北朝期の文献に名を見る小浜旧町名で、 最も古い例とされている。鍛冶、針田姓の多い鍛冶職の町であったらしく、 […]

旧町名は語る(一)

2015年6月発行 表記の題名で平成十年頃、福井新聞文化欄に連載される企画があった。 敦賀編武生編等の一つの小浜編を 当時語り部の活動をされていた伊藤一樹さんが担当されていたが、 体調不良で私に交代を求められ引き継いだ。 小浜編(七)までが伊藤さんで、以後(十四)までを私が担当した。 明治初年の小浜(旧小浜)は五十二町(東組十八町、中組十七町、西組十七町)に 分けられ、それぞれ […]

赤飯は貧血予防に効果的です

2015年4月発行   イネは、紀元前4000年頃から中国やインドで栽培されました。 わが国へは揚子江河口域より対馬海流に乗って南朝鮮を経由するか、 あるいは直接北九州に伝わったとされていて、 稲作の始まりは縄文時代晩期まで遡ることができます。 飛鳥時代には粳(ウルチ)と糯(モチ)の記事が見られます。 また色はもともと混在していたものを選別して、 主に白色種を食用、黒色種を薬用 […]

三の堀公園

2015年4月発行  八重桜に惹かれて小浜郵便局前の小さな公園に入る。 公園の東西の入り口には、昭和五十六年まで小浜市民の誇りであった、 跳ね上げ橋の照明を支えた石造りの台座があり、 昭和三十年竣功、小浜橋、小浜漁港等の銘板がはめこまれている。  海を望む道路側に、千石船を頭上に飾った碑があり、 寛永の百間橋から昭和五十六年に除去された跳ね上げ橋までの、 この地と橋の歴史を簡潔 […]

平成27年度 佐久間艇長遺徳顕彰式典

【日 時】 平成27年4月15日(水)  10:00から【会 場】  若狭町北前川 佐久間艇長顕彰碑前 趣 旨わが郷土が生んだ佐久間勉艇長は、明治43年4月15日に 山口県新湊沖における第六潜水艇の半潜航訓練中に殉難された。その殉難の日に、佐久間艇長の遺徳を偲び、その人となりを広く江湖の人に伝えるために顕彰式典を開催  2015 第六潜水艇佐久間艇長慰霊祭によせて 皆 […]

佐久間勉艇長「二冊の手帳」

2015年3月発行   佐久間艇長の遺品から二冊の手帳が見つかりました。 一冊は「明治四三年懐中日記」、もう一冊は新聞で公表され、 全世界に感動を与えた「佐久間艇長遺言」です。  艇長の孫、宏さんは平成二十四年夏、 倉の中から明治四十年から四十三年の懐中日記四冊を見つけられました。 この懐中日記は艇長の備忘録として書かれ、 出(手紙を出した人の名前)受(手紙を受けた人の名前)や […]

湧水の里の水辺景観

2015年3月発行 琵琶湖畔に重要文化的景観に指定された湧水の里がある。 それは高島市の新旭町(しんあさひちょう)にある 針江(はりえ)地区と霜降(しもふり)地区のことで、 このあたりは地下に安曇川(あどがわ)の伏流水が流れているため、 穴を掘れば水が湧き出てくるという湧水の里になっているのである。 湧水量は一日に三千五百トンに達し、 水温は常に十三度前後に保たれているとか。 […]

若州良民伝~猿屋下人太兵衛~

2015年2月発行 若州良民伝とは… 安永九年(1862)に発行された全四巻からなる書。若狭地方で領主が領民の中の六十余人の善行を記録したものである。 若州良民伝 巻二より  ~猿屋下人太兵衛と岡林嘉兵衛~  小浜町猿屋五兵衛の下男の太兵衛は 幼少の頃から五平衛に仕えていました。 しかし、やがて五兵衛の家業が傾いて来たとき、 太兵衛は恩を忘れず身をなげうって働き、 五兵衛夫婦を […]

勤皇の志士・梅田雲濱先生 生誕二百年

2015年1月発行   開国を迫る外国の圧力や、社会の混乱による不安が日本中に広がった幕末期、 数多くの志士たちが尊皇攘夷を国の未来のためと信じ奔走しました。  そのような彼らが指導者として仰いだのが、小浜藩出身の梅田雲濱先生です。 政権を朝廷に戻し攘夷を貫く信念のもと、 尊皇運動に身命をささげ安政の大獄(安政五年・一八五八)で真っ先に捕らえられ、 翌年無念の死を遂げられた梅田 […]