除夜の鐘「百八の鐘」

2013年12月発行  大晦日の夜、全国各地の寺院で除夜の鐘が打ち鳴らされる。 夜のしじまを破って響き渡る鐘の音は、古き年の終わりを告げる風物詩として 「百八の鐘」ともよばれている。「百八」の数字は、 人間の持つ妄想や欲望の数を挙げたものであるとされている。 その数え方は様々であるが眼・耳・鼻・舌・身・意という六つの対象を把握するとき、 好・悪・平(非好非悪)の三つがあり、十八 […]

古地図にみる侍屋敷の変遷

2013年11月発行  小浜城下の侍屋敷は、城の北側に開かれた雲浜と 南側に広がる竹原にありました。 享保二年(一七一七)の家中之図では、 山川登美子の本家筋にあたる山川武左衛門の屋敷が、 四谷の県若狭健康福祉センター附近にあったことがわかります。 時代が下り、文政7年(一八二四)の絵図では武左衛門の屋敷は、 江口善左衛門に代わっており、転居先は定かでは有りません。  梅田雲濱 […]

ホトトギスの花

2013年10月発行  秋の初めは萩の花。 秋の深まりを感じるものにホトトギスの花があります。 草丈の短い小ぶりのものもありますが、 長い茎がしなやかな曲線を描いた先に、 白地に赤紫の文様の花が咲いているのは殊に優雅です。 和装の女性がたたずんでいるような風情があって魅力的。  生け花や、お茶の席にも好まれる花ですね。 花自身がおしゃべりをしているような派手さではなく、 そっと […]

若州良民伝 上野木村三郎五郎

2013年10月発行 若州良民伝とは… 安永九年(1862)に発行された全四巻からなる書。若狭地方で領主が領民の中の六十余人の善行を記録したものである。 若州良民伝 巻一より     ~上野木村三郎五郎~  遠敷上中郡上野木村の三郎五郎という百姓は 持っている田地高は僅か六斗、大変貧しかったので 常に人に雇われて生業としておりました。 しかし、どこへ出かけるにも老母に告げ、 帰 […]

酒井伊織家下屋敷跡

2013年9月発行  小浜市役所東側の道路を隔てた一角に佇む、 黒い板塀に見越しの松、 歴史を感じる門構えと剣酢漿紋 (けんかたばみもん)入りの瓦で葺かれた屋根。 伝えられるところによると、ここは小浜藩主酒井忠勝公の弟 酒井内匠助忠末(後に酒井伊織家として筆頭家老となった)の下屋敷跡です。  現在の建物は明治になって建替えられていますが、躯体は当時のままです。 床の間は欅の一枚 […]

若州産のオウレンについて

2013年8月発行 公立小浜病院の中庭に「中川淳庵を顕彰する薬草園」が開園しました。 小浜藩医であった彼は、朝鮮ニンジンの栽培技術を確立した 幕府医官・田村灌水に師事して本草学を学び、 宝暦七年(一七五七)に初めて開かれた薬品会(ヤクヒンエ 物産会)以来、 毎年三~六種の薬物を出品しています。 中でも明和三年(一七六六)には「黄連(オウレン)」を出品していますが、 わざわざ「若 […]

アジア仏教国めぐり ブータン

2013年7月発行  ブータンは正式国名をブータン王国といい、ヒマラヤ山脈東端にある 九州ほどの国土に、約七十万人が住む小さな王国である。 国民の九十七パーセントがきわめて熱心な仏教徒という仏教国であり、 チベットから伝わった仏教が国教になっている。  日本人とほとんど変わらない外見を持つブータン人は、 きわめて親日的な人々であり、 そのことは平成二十三年十一月に来日した国王の […]

若州良民伝 玉川屋八左右衛門

2013年6月発行 若州良民伝とは… 安永九年(1862)に発行された全四巻からなる書。若狭地方で領主が領民の中の六十余人の善行を記録したものである。 若州良民伝 巻一より     ~玉川屋八左右衛門~  越前敦賀十間町の坊長(名主・庄屋の異称)に玉川屋八左右衛門という 律儀にして義を好む男がいました。町内の貧しい者が地子銀(小作料など の年貢)を収められない時はおのれの財で助 […]

ゴマと食養生

2013年5月発行  主食に副菜、甘味や飲料にまで登場するゴマ。私達にとって身近な食材であ『ゴ  マ』は古くから「身体によい」とされ、昨今はその栄養成分の機能に期待がかか る。  江戸時代、本草学者の人見必大が『本朝食鑑(一六九七年)』で、「黒ゴマは 腎(ここでいう腎は腎臓ではなく、生殖器やホルモンに当たる)、白ゴマは肺に作 用する。ともに五臓を潤し、血行を良くし、腸の調子を整 […]

「中川淳庵顕彰薬草園」五月二十五日オープン

2013年5月発行  「解体新書」の翻訳者といえば、杉田玄白、前野良沢の名前を知らない人はないの ですが、もう一人の訳者である小浜藩医、中川淳庵(じゅんなん)を知る人は多くあ りません。その理由は、三人の中で最も若く(玄白より六歳年下です)、かつ四十八 歳の若さで早世したことによると思われます。しかし淳庵は、「解体新書」の翻訳・ 出版という偉業に止まらず、オランダ商館の医師で植 […]

佐久間艇長の母と妻 

2013年4月発行  佐久間勉艇長の慈母「松野」は明治三十九年に、 愛妻「次子」は明治四十二年に亡くなりました。 この二人の死は、艇長の死生観に大きな影響をあたえました。  決して裕福ではなかった佐久間家に生まれた艇長は、 父母に孝行したい一心で、勉強し努力して海軍に入りました。 やっと親孝行ができると思っていた矢先に母は病気になり 京都大学病院での看病も虚しく亡くなりました。 […]

佐久間艇長遺徳顕彰式典

平成25年度 佐久間艇長遺徳顕彰式典 趣 旨 わが郷土が生んだ佐久間勉艇長は、明治43年4月15日に 山口県新湊沖における第六潜水艇の 半潜航訓練中に殉難された。その殉難の日に、佐久間艇長の遺徳を偲び、 後世にその人となりを語り継ぐために 顕彰式典を開催する。  本日ここ佐久間艇長生誕の地におきまして、第6潜水艇の指揮官と乗組員たちの任務に対する勇気と献身に英国海軍を代表して敬 […]

海沿いの公園

2013年4月発行 あらこんなに良い処がと散策をしていると新しい発見がある。  食文化館を左に海岸道路を行くと公園に突き当たる。 岸壁側の道に沿って、車輪梅とトベラの植え込みが長く続き、光沢のある葉が陽の光を跳ね返している。 初めてきた四月初旬には桜並木が目を楽しませてくれた。今はドウダンツツジが、スズラン状の花をびっしり付け、 柔らかな細い葉が遠慮がちに花の間から顔を覗かせて […]

ソフトバレーボールは小浜から

2013年3月発行  昭和五十一年に、小浜市では市民体育館が完成した。  当時、高齢化が進み、課題となっていた高齢者の健康増進や 生きがいづくりの場として、体育館を活用出来ないかと 職員らが話し合い、中央公民館の高齢者教室で呼び掛け、 体育館での活動が始まった。  活動の様子を見ていた職員らが、スポーツ経験の少ない高齢者でも、 生涯楽しむことの出来るような『軽スポーツ』を創ろう […]

残 雪

2013年3月発行  残雪の這ひをる畑のしりへかな 虚子  高浜虚子の句であるが、戦時の昭和十九年九月虚子は 信州小諸に疎開、戦後二十二年十月までその地小山氏の 持家を借りて居住する。八畳二間平屋の質素な一軒家に、 夫妻とお手伝三人が暮らした。四国松山生まれの虚子に とって小諸の寒さは苛酷なものであったが、雪国の風物 人情に興味もそそられ、さまざまな角度から佳句を量産、 虚子句 […]

平賀源内と杉田玄白

2013年2月発行  旧ろう、香川県さぬき市志度の平賀源内記念館を見学する機会がありました。 源内は、エレキテルの発明などの発明家、本草学者、画家、蘭学者など、 江戸時代中期にさまざまなジャンルで才能を発揮し、奇才と言われた人です。  記念館には、その活躍の足跡を示す発明品をはじめ、 著作物や書簡が展示されていますが、 その中で源内と杉田玄白というコーナーが目にとまりました。 […]