写仏の楽しみ

2014年12月発行   二十五年前から気の向くまま写仏をしています。紙は沢山保存してあって、 手元に出てきた紙の感触を楽しんで写しています。  さて今年の十一月上旬に当山で二十名ほどの写仏会をすることになり、 それならばと、十月中旬から毎日写仏をしました。 紙は引き出しに入れっぱなしになっていた湿ったような 二・八(六十㌢×二二五㌢)の唐紙。 これを横半分に裁って描いてみまし […]

若州良民伝 ~新滝谷村~

2014年11月発行 若州良民伝とは…安永九年(1862)に発行された全四巻からなる書。若狭地方で領主が領民の中の六十余人の善行を記録したものである。 若州良民伝 巻二より  ~新滝谷村~ 遠敷下中郡、名田庄滝谷村はかって 小野駒之助と言う人が居を構えていたので小野とも言っていました。 その末裔の彦左衛門と孫助の二人が土地を開墾しているのを、 領主の空印公が巡回していた折に見て […]

琴を愛した山川登美子

2014年10月発行   小浜で生まれ育った明治時代の歌人、山川登美子は、 少女の頃、琴や旧派の和歌を習っていました。 夜は弟をお供にして提灯を下げて琴の稽古に通ったということです。 習った琴歌を書いた冊子が残っています。 冴えた琴の音を響かせながら琴歌をうたう少女の姿が、 想像されます。  登美子が「虫声入琴」という題で詠んだ歌があります。    かきならす琴のしらべの音にい […]

江戸食(粗食)が生活習慣病の予防に有効

2014年9月発行   今、若い女性の間で「マクロビオティック」という ダイエット食事法がひそかに注目を集めています。 歴史的に見ると、明治初期に欧米で活躍した食養指導家の桜沢如一氏が 江戸末期の食事法(玄米菜食)を体系化して 「玄米正食」という名で提唱・普及を図ったものが原流で、 アメリカでは1977年に『食事目標』の基礎に採用されました。 内容的には玄米・雑穀を主食とし、野 […]

湖の底に残された「日記帳」

2014年8月発行  若狭町・美浜町にまたがる名勝三方五湖。 各湖は、水路や運河で、まるで牛の胃袋のようにつながり、 川のように水が流れ、若狭湾に注ぐ。 その中流にあたる最大の湖・水月湖の底には、 地球がつけた「日記帳」が今も残っているのだ。  右手に三方湖を見ながら、国道162号線を北に向かうと、 いくつかの集落を経て、やがて三方湖の対岸が迫ってくる。 狭い水路を経て再び水面 […]

若狭守護武田氏の文化遺産

2014年7月発行  園遊会に出席したとき、皇太子殿下から 「小浜は歴史と文化が豊かなまちですね」とのお言葉を頂戴しました。 福井県の小さいまちのことをよく覚えておられ、 感銘するとともに有り難く思った次第です。 (殿下は独身時代に小浜へこられています。)  小浜は、古くから和歌や連歌などの文芸が盛んで、 山川登美子らを輩出していますが、若狭の文化の基礎は、 いつ頃から培われた […]

一枚の写真

2014年6月発行  「一枚の写真」というシリーズを昭和五十五年朝日新聞が連載し、その切抜きを残している。 その中に、終戦前小浜湾で沈没した駆逐艦「榎」に関する一枚があり、 次のように解説されている。  <所有> 小浜市貴船 料理仕出し業米谷佐市さん(六十二)  「終戦直前、小浜湾で沈没した第十一水雷隊の駆逐艦「榎」である。 乗組員だった米谷さんが戦友から譲り受けた […]

散歩道 台場浜公園

2014年5月発行  小浜市川崎の若狭小浜お魚センターの手前に台場浜公園がある。 四月末、真っ赤な花を隙間なくつけた霧島つつじの見事さに惹かれ、 公園内に入ると随分広い公園だった。  昭和五十八年に建立された立派な小浜漁港開港記念碑と 昭和六十二年に建立された若州世阿弥記念碑等があった。 世阿弥の石碑は大きくて、綺麗な自然石を数段積み上げた上に建てられている。 縦約七十センチ、 […]

春の小浜線

2014年4月発行  電車なのにガタンゴトンと昔ながらの音をたてて走る小浜線。 沿線の風景は世につれて少しずつ変わってきたが、 幹線道路を車で走るのとは異なり、 まだまだ季節の風景が楽しめる。  春はまず梅の花。ああ咲いたと、 心が明るんで、 通り過ぎる時、 振り向きながら愛でる花。  しばらく経つと、梅はもう散り、 今度はほんのりピンクの花、 杏だろう。   小鳥がいっせいに […]

雑煮

2014年1月発行  雑煮は日本の正月にはどの家庭でも作っているが、 家によってその作り方に違いがあり、その土地の豊かな食材を使ったり 地域産物を用いたりして、地方色が良く表れて興味深い。  関東は切り餅を焼いて使うのに対して、関西は丸餅をそのまま使う違いがある。 東京の雑煮は澄まし汁仕立てが多く、関西・四国・九州は味噌仕立てが多いとのこと。  昔の書物には餅・豆腐・芋・大根・ […]

佐久間勉の遺言

2014年3月発行  佐久間艇長は、一九一〇(明治四十三)年山口県新湊沖で、 潜水艇の訓練中十三人の部下と共に殉難。 沈没後も取り乱すことなく部下を指揮し、 遺書に沈没の原因を書き残した冷静さや勇敢さが国内外でたたえられた。  小官ノ不注意ニヨリ・・で始まる三十九ページにわたる遺書、 それは暗闇の中、息も絶え絶えに苦悩を忍んで書き綴ったものである。 十二時三十分、鼓マク破ラルル […]

平成26年度 佐久間艇長遺徳顕彰式典

趣 旨 わが郷土が生んだ佐久間勉艇長は、明治43年4月15日に 山口県新湊沖における第六潜水艇の半潜航訓練中に殉難された。その殉難の日に、佐久間艇長の遺徳を偲び、その人となりを広く 江湖の人に伝えるために顕彰式典を開催 式  辞 うららかな春の日差しを浴びて、今日、ここ佐久間艇長生誕の地、英魂鎮まります顕彰碑前に、多くのご来賓、関係各位のご臨席を仰ぎ、平成二十六年度佐久間艇長遺 […]

膳の話

2014年3月発行  私の家に「そうわの膳」十人前と同じく「会席膳」の十人前が残されている。 「そうわの膳」とは茶道の宗家、金森宗和が茶の湯の後招待客に、 点心(昼食)に出す膳に使ったことから「宗和の膳」と呼ばれるようになり、 その後日本料理(和食)の膳として今も料亭では使われている。 朱、または黒の漆塗りで木製の椀など一式をふくめていうのであるが、 それらを使うのは祝言、法事 […]

苦悩する神

2014年2月発行  小浜市は、「神仏習合」で世界遺産登録を目指しました。結果は出ませんでしたが、 神宮寺を中心に地域と文化をその対象とするものだったようです。 ただ、神仏習合の形態そのものの難しさがあると思われます。  神仏習合の形態は、時代とともに異なりがあります。 末木文美士は、『日本宗教史』で ①神は迷える存在であり、仏の救済を必要とする ②神が仏教を守護する ③仏教の […]

酒と正月(屠蘇について)

2014年1月発行  およそこの地球上に、酒やそれに代わる致酸性の嗜好品  (戒律で酒が禁じられているイスラム世界にも、代わりにカートと呼ばれる 『酔う噛みタバコ』の様な物があります)が存在しない文化を持つのは 北極圏に暮らすイヌイットの人々くらいであると言われていますが (寒冷な気候の為、アルコールの発酵やアルカロイドを含む 植物の育成が無理な為)、わが日本においても冠婚葬祭 […]

書き初め

2014年1月発行  正月二日に、それぞれ自分の仕事のし始めをすることが、 日本の長い伝統の風習として残っている。正月三日は休んで、 四日から仕事をするしきたりもいまだに残っているようだ。  二日には「初荷」といって商売を始める習わしは古来からあるが、 事の始めの習い事の年中行事の一つに「書初め」が現在でも広く行われている。   最近若い人たちの中には旧来の故事にこだわらず、 […]