夕庭のいづこに立ちてたづぬべき 葡萄つむ手に歌ありし君

2018年10月発行

  夕庭のいづこに立ちてたづぬべき
  葡萄つむ手に歌ありし君
             山川登美子『恋衣』

 明治時代の女流歌人、山川登美子は数え歳二十三歳で結婚しました。

夫は将来を嘱望され、幸福が約束されたかのようでしたが、

登美子は二年経たないうちに夫を病気で亡くしてしまいました。

 当時の既婚の女性は、自由に好きな事ができたわけではありませんでした。

登美子も例外ではなく、結婚する前は

東京新詩社の機関誌「明星」に毎月たくさん短歌を発表し、

注目されていましたが、結婚後はあまり発表していません。

 夫を亡くした登美子は小浜の生家に復籍しました。

そして夫の死から半年余り経った後、夫への哀傷歌を「明星」に発表し、

再び注目されました。右に挙げた短歌はその中の一首です。

夕暮れの庭に、亡き夫の姿を探し求める切ない思いが詠まれています。

追憶の中の夫は葡萄を摘みながら何か楽しそうな様子です。

 この短歌の背景には、登美子が結婚生活の中で詠んで

発表しないままの短歌がありました。

「ふくませてその実のあぢをとひよりぬ葡萄つむ手に歌ありし君」

右の短歌と下の句が同じです。夫は摘みとったぶどうの実を登美


子の口に入れ、顔を近寄せながら、どうだ旨いか、などと尋ねたのでしょう。

二人で過ごした時間の甘美な思い出をたぐり寄せながら、

登美子は夫を偲んでいるのですね。

美しい愛の短歌です。

りとむ短歌会所属 北野よしえ