2018年6月発行
池河内の集落センター脇に阿弥陀堂があり、
一・七メートルほどの阿弥陀立像が安置されています。
若狭歴史博物館の専門家のお話では、
平安末期に造られた檜木の一木彫りの秀作とのことです。
平安時代の末期、疫病の流行や源平の戦いによる混乱や、
釈迦が没して二千年を過ぎると仏教の教えが廃れてしまうという
末法思想の流行のなかで、
人々を極楽浄土に導いてくれるという阿弥陀信仰が流行しました。
こうした時代の流れの中で、池河内にも阿弥陀堂がつくられたのでしょうか。
京の都から朽木、木地山を越えて池河内にたどり着いたのでしょうか。
当時の人々の信仰心の強さを感じさせてくれます。
江戸時代初期にまとめられたといわれる「若州寺院由緒記」には、
池河内に明通寺末大梵宮、阿弥陀堂、神宮寺末宝泉庵の三つあると記載されています。
この三つのうち現在も残っているのは阿弥陀堂だけです。
詳しく語り伝えた文書も残っていません。
昭和三二年に村の三分の一が焼失する大火があり、
お寺も鎮守さんも焼失しましたが、阿弥陀さんだけは村人の手によって難を逃れ、
今に伝えられています。
阿弥陀さんが口をきけるなら千年近い歴史を語ってもらいたいものです。
池河内 川畑哲夫