2017年2月発行
昨年十二月、
新しい若狭の夜明けを告げる吉報が届きました。
若狭の人々はもとより、県民が四十三年間待ちに待った
北陸新幹線小浜・京都ルート決定の知らせです。
中川知事をはじめ、歴代知事の強力なリーダーシップのもと、
政界、財界、県民が一丸となって取り組み、執念で手にしたものです。
昭和六十二年十二月小浜市文化会館において、
立錐の余地なく会場を埋め尽くして開催された、
「早期実現県民総決起大会」の熱気に満ちた光景が、
今も鮮明に甦ります。ここまで時間が掛かったのは、
二度にわたる石油ショックなどにより、
新幹線整備計画が凍結されたことが大きな理由の一つです。
歴史的にみて、交通体系の整備は地域格差の始まりでもあります。
北前船の時代、小浜は京の都にも近く交通の要衝として栄えましたが、
明治時代には鉄道のルートから外れ、高速道路も平成まで待たされました。
時の国策に乗り遅れると、地域が沈滞することを歴史は語っています。
若狭に差し込んだ一筋の光明を起爆剤に、
小浜の持っている宝をさらに磨き上げ、
小浜らしい「まちおこし」に取り組み、
次の世代へ引き継いで行くことが、
今を生きる私たちに課せられた課題ではないでしょうか。
小浜市郷土研究会 会員 網本 恒治郎