第52回入選作品(平成26年春の部)

此の年は雪降ることの無くすぎて
        九十才の坂もたやすき

若狭町上野木 藤井 敏子

寸評

淡々と詠まれていますが、下句に九十年を生き抜いて
こられた作者の思いに深いあじわいがあります。
何よりも老いに向きあう明るさがよいですね。これからもお元気で。


寒行の異國の僧の太き声
        波あらき海辺を遠のきてゆく

小浜市下田 小堂 裕子

寸評 

厳しい行に励む僧の様子が具体的に表現され余情があります。
「異國」「波あらき海辺」「遠のきてゆく」に寂寥せきりょう感がただよいます。


野良猫は庭に入り来て憚はばかりす
           我と猫との縄張り競ふ

小浜市駅前町 津田 條栄

寸評

猫の侵入に睨みを利かす作者だが一向に効き目なく
根くらべが続く。「縄張り」と捉えたところが
この歌のポイントで、ユーモラスな作品となっている。
漱石の「吾輩は猫である」が思い出された。


油木に菌を打ち込みひらたけに
        育つを待ちて菰こもを被せやる

小浜市荒木 古谷 擴子

寸評

椎茸栽培の作業にいそしむ作者。茸の成長を希って
最後に菰を被せる手もとのやさしさ。
その「菰を被せやる」の言葉に情感があり、
労働の後の爽快感が伝わってきます。


受験生の孫の合格祈りゐる
        吾に触れるな迸ほとばしるものあり

小浜市山手 加納 暢子

寸評

孫の受験の合否を案じつつ静かに待つ作者。
その強い思いは命令形の第四句。
たたみかけるような結句でよく表現されている。
下句は他者へのみではなく、作者自身をも奮いたたせる言葉でもあっただろうか。


【 撰 谷口 正枝 】