柳誌「番傘」の創始者「當百」の句碑

2016年6月発行

 佐久間勉は明治十二年(一八七九)九月十三日前川神社神官、

佐久間可盛とまつ野の次男として若狭町(旧三方町)北前川に生れました。

優しい性格のどちらかと言うと恥ずしがり屋でした。

体を鍛え学業に励み、

苦学の末に海軍兵学校へ進学し、

夢に向かい努力を続けました。

 勉は、貧しい中でも学費を工面し、

自分を励まし支えてくれた両親に、いつか孝行をつくしたいと、いつも考えていました。

繁忙を極める状況の中にあっても、
毎年若狭番傘が主催して開かれる

「西田當百句碑祭り川柳大会」の當百の句碑は、

小浜中央公園の入り口に建っている。

句碑には

  天下泰平晩酌の量が増し
                 當百

 と刻まれている。裏面には 

  西田當百番傘川柳本社創立一〇〇年記念
  小浜市文化協会創立五〇年記念
     平成二〇年九月吉日
         番傘ばんば川柳社
         若狭番傘川柳会
             一筆 書
 とある。

 句碑に添わせた立札に小浜市今宮に生まれた當百の略歴と、

「上かん屋ヘイヘイヘイとさからわず」の當百の代表句が紹介されている。

 句碑が建って七年余りになるのかしらと、

静かな公園に坐って、

一抱えもある桜や楠の大樹を見上げていると一句浮かんできた。
 
  柔らかに空掴もうとする梢

 あるかなきかの風に、初夏を迎えてかすかに揺れている樹々の梢、

人の気配もなくこのままで暫く居たいなと、過ごした穏やかなひとときだった。

若狭湾川柳舎 会員 白石 惠子