山川登美子と「後瀬夕照」

2016年1月発行

  明治時代、明星派の歌人として活躍した山川登美子は、

故郷小浜ですごしていた少女時代には、

旧派の和歌を習っており、題に従って作った歌が残っています。


 登美子が後瀬山を詠んだ歌は、その頃のもので、

若狭八景とよばれる小浜の景勝地を詠んだ歌の中に

「後瀬夕照」という題で書かれています。


   峰つゞき木立まばらに雪見えて夕やけ雲に照り渡るなる


雪をいただいた後瀬山が、夕焼けの雲の色を映して

美しく輝いている光景を詠っています。


 若狭八景は江戸時代に絵画や詩歌の題材として好まれ


ました。登美子も既存の絵をもとに歌を作ったのかもしれません。

そうならば私たちも、

先人が愛した若狭の風景を、

登美子の歌を通してめでてみるのもよいでしょう。


 後瀬山は小浜の入り江に近く、

古来歌枕として親しまれてきました。

昔は高い建物はなく、小浜の町のどこからでも、

美しい山の姿が望めたことでしょう。


 冬、夕日が入り江の西に傾くと、夕焼けの雲は

後瀬山にかかるほど近く見え、

その雲によって雪の山は茜色に染めあげられるのです。

しんと冴えた冷気の中の風景です。

厳しい自然の中にも美を求める心意気を、

登美子は先人から受けついだことでしょう。

その美意識を、私たちもまた受けとって山や空を眺めてみれば、

風景は今までとは違う表情をみせて、

私たちに近づいて来てくれるかもしれません。

りとむ短歌会所属 北野よしえ