2011年3月発行
「この金子は些々ながら 魚又は他のじやう物をかい 父上の酒のさかなにし また旨きものを買ひ母上もめしあがられたし、ためておく事はなりません、かならず ごちそう用になされませ」
佐久間艇長は毎週のように、父母に手紙を書き、二円、五円と同封して送りました。又、常に文末には、父母の健康を祈る言葉が添えられていました。「追々さむくあいなり候へば 御からだだいいち うんどう第一 ご馳走をたべること第一と存候」「いよいよでていけば またといきてはかいらぬかくごに御座候へば母上にも私の安否如何にかかはらず おんからだをたいせつにして充分の御やうじやうをなされ度いのりおりて候」吾身の死を覚悟しつつ、なお父母を思いやる艇長のやさしさあふれる手紙、友人知人・恩師への手紙など数おおく残っています。今、殉難百周年事業の一環として、佐久間艇長伝記編集委員会では、遺書の手帳、伝記、佐久間艇長書簡集を計画しております。艇長の手紙をお持ちの方は、御一報ください。四月十五日の顕彰祭にも是非お出でくださいますようお願いします。交流会館で艇長の手紙の特別展を企画しております。
(佐久間艇長伝記編集委員会 小堀 友廣)